大阪地方裁判所 昭和25年(わ)3577号 判決 1951年2月20日
本籍
大阪市東淀川区西中島町二丁目四五番地
住居
同市 同 区木川東之町一丁目四一番地
外交員
吉村繁男
満四十五年
右所得税法違反被告事件
検事
某 関与
主文
被告人を懲役四月に処する。
本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
理由
被告人は、(イ)第一生命相互会社大阪支社、(ロ)日本勧業証券株式会社大阪支店、(ハ)昭和電機工業株式会社に外交員として勤務すると共に、(ニ)大阪貯蓄信用組合に対する預金の仲介業をしていたものであるところ昭和二十四年中に於ける所得は右(イ)より受けた給与所得一万七千三百十六円右(ロ)より受けた給与所得二万七千七十三円右(ハ)より受けた給与所得五万二千五百円及右(ニ)に対する預金仲介手数料に依る事業所得百六十三万三千四百円以上合計百七十四万二百八十九円(此の所得税額百十二万三千八百六十円)になるに拘らず所得税を逋脱する意図の下に右所得の大部分を他人名儀で預金して隠し、昭和二十五年二月二十三日所轄淀川税務署に対し、昭和二十四年度の所得として右事業所得を全く記載せず給与所得として九万三千三百九十円(此の所得税額一万七千二百円)だけを記載した虚偽の確定申告書を提出する等不正行為に依り同年度の所得税金百十万六千六百六十円を納付せずして逋脱したものである。
証拠
一、木下栄男の検察官に対する第一回供述書並添付の預金者調書
一、日本勧業証券株式会社大阪支店作成の昭和二十四年度分源泉徴収票
一、第一生命相互会社大阪支社及昭和電工株式会社作成の各同年度分支払調書
一、淀川税務署長吉村文雄作成の証明書
一、被告人作成の経費明細表
一、被告人の検察官に対する第一回供述調書及供述書
一、被告人の当公廷に於ける供述
被告人並に弁護人等は被告人の判示(ニ)の事業所得につき、大阪貯蓄信用組合は、昭和二十四年十月中支払停止すると共に右組合理事者等は、右預金に関し、横領罪等に依り検察官の取調を受けるに至り被告人も亦同年十二月一日取調を受けた際係検察官に対し判示仲介手数料に依る利得は全部提供する旨申出たのであるから被告人の同年度の右所得は全部消滅したものと謂うべく又之に関しては脱税の意思はなかつたものであると主張する。然し乍ら(一)前掲右証拠及証人植田定治、南清の当公廷に於ける供述によれば、判示信用組合は、昭和二十四年十月頃支払停止すると共に所謂浮貸事件として大阪地方検察庁の捜査を受け理事者等は、横領罪として逮捕せられるに及び、右組合預金者代表南清等は預金の回収不能に依る損失補填の方法として、同年十二月頃被告人等預金仲介者に対し預金仲介手数料に依る利得を預金者側に提供せられたき旨申入れ翌昭和二十五年一月十日頃被告人と同人との間に被告人が前記信用組合に対し有する自己又は他人名儀の預金債権合計百五十八万円(被告人が判示事業所得を預金したもの)を提供すべく、南清は右利得に対する課税につき関係方面に対し免税方を運動する旨を約し(右運動結果ははつきりした結論を得られなかつた)被告人は同年三月二十二日頃右預金通帳を全部南清に交付した事実が認め得られる。而して右事実に依れば被告人は昭和二十四年度に得た判示事業所得は大部分を自己又は他人名義で前記信用組合に預金し、昭和二十五年度に至り之を前記預金者等に贈与したものであり、従つて昭和二十四年度末に於ては右所得は未だ被告人の手中に保留していたものと認むべきであるから、被告人はこれにつき所得の申告を為し所得税を納付すべきものであつたと解せざるを得ない。又(ニ)被告人は判示事業所得の大部分を他人名義で預金し且つ昭和二十四年度の所得の申告に当つては全然之につき申告しなかつたことは前認定の通りであるから(昭和二十三年度分についても同様である)、被告人に脱税の意思があつたものと認めざるを得ない。此の点については被告人主張の如く検察官に対し利得提供の申出をしたとしても検察官は直接の税務担当官吏ではないから、之により脱税の意思がなかつたものとは認められないし、又南清の前認定の如き申出(関係方面に免税方運動する旨)についても右運動は所期の結果を得て居らず被告人も其の結果については何等確める方法すら講じていない(証人南清の証言)から之に依り被告人に脱税の意思がなかつたものとは認め得ない。
以上被告人並弁護人等の主張及之に基き裁判所が認定した前記事実は情状としては考慮すべきであるけれども、之に依り本件犯罪が成立せぬものとは認められない。
適条
所得税法(昭和二十五年法律第七一号に依る改正前のもの)第六十九条第一項刑法第二十五条
仍て主文の通り判決する。